東京高等裁判所 平成7年(行ケ)159号 判決 1996年2月28日
原告 フジコン株式会社
被告 特許庁長官
主文
特許庁が、平成1年審判第5227号事件について、平成7年4月10日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた判決
1 原告
主文と同旨
2 被告
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
第2当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和61年2月13日、意匠に係る物品を「端子盤」とし、その構成を別紙第一に示すとおりの意匠(以下「本願意匠」という。)につき意匠登録出願をした(意願昭61-4787号)が、平成元年1月30日に拒絶査定を受けたので、同年3月22日、これに対する不服の審判の請求をした。
特許庁は、同請求を平成1年審判第5227号事件として審理したうえ、平成7年4月10日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年6月14日、原告に送達された。
2 審決の理由の要点
審決は、本願意匠と、別紙第二に示すとおりの本願出願前に頒布された原告発行のカタログ「FUJIKON NEWS F2029」1頁所載の型名F2029の端子盤の意匠(昭和60年9月29日受入、特許庁意匠課公知資料番号第SC60022452号、以下「引用意匠」という。)とを比較し、
両意匠の共通点については、「両意匠は、断面形状を略台形状とする横長の基台の上面の両端に側壁を設け、その両側壁の内方に多数の隔壁を等間隔に設け、各隔壁間の上面に丸頭プラスネジを螺合して端子部にしたという態様において基本的構成態様が共通し、各部の具体的な態様においても、左右両端の側壁について、内方に設けた隔壁に比して僅かに高く形成し、その外側面の中央に大きな縦長方形状の浅い凹部を表し、基台の裏面からは前方に向けL字状に折曲した細い帯状の端子金具を突出したという点において共通する」(甲第1号証・審決書2頁17行~3頁7行)と認定し、
両意匠の差異点については、「<1>端子部の数について、本願の意匠は7個であるのに対して、引用の意匠は8個である点、<2>引用の意匠は、端子部上面に透明カバーを横架しているが、本願の意匠は、透明カバーを有していない点、<3>左右両端の側壁について、<a>本願の意匠は、外側面の凹部の形状をやや上窄まりの縦長台形状に表しているのに対し、引用の意匠は、縦長の矩形状に表している点、<b>本願の意匠は、側壁の頂部の内側いっぱいに段部を形成し、透明カバーの嵌着部としているのに対し、引用の意匠は、側壁の前後の両端部に僅かな余地部を残しその内側に浅い凹陥部を形成し、透明カバーの嵌着部としている点、<4>隔壁について、本願の意匠は、各隔壁の上面と前後面を弧状に形成しているのに対して、引用の意匠は、平坦に形成している点、<5>端子金具について、本願の意匠は、短冊状であるのに対して、引用の意匠は、先端が弧状に表れている点」(同3頁8行~4頁5行)と認定したうえ、
両意匠の類否については、「全体として考察すると、両意匠の共通する全体の基本的構成態様及び各部の具体的な態様は、両意匠の形態上の特徴を顕著に表すものであるから、類否判断を左右する要部をなすものである。これに反し、前記差異点は、いずれも類否判断を左右する要素としては微弱なものと認められる。すなわち、<1>の端子部の数の違いによる差異、<2>の透明カバーの有無による差異、<4>の各隔壁の上面と前後面の形状についての差異、及び<5>の基台の裏面から突出する端子金具の先端の形状についての差異は、いずれも、両意匠に表された各々の部位の各々の態様が、この種の形態を成す端子盤にあっては、本願の出願の日前より、いずれもその例を挙げるまでもなく極めてありふれた態様のものであって、特に両意匠のみに見られる独自の特徴を有するものとはいえない。また、<3>の左右両端の側壁について、<a>の外側面の中央の凹部の形状の差異、及び<b>の頂部に形成した透明カバー嵌着用の段部の差異は、いずれも特に同部位を採り上げて対比した場合にいえることであって、これを形態全体として見た場合さほど目立たず、かつ、形態上の特徴という点から見ても特に両意匠の類否判断を左右する程の特徴をなすものではない。そうして、これらの差異点を総合しても全体の基本的構成態様、及び各部の具体的な態様がもたらす両意匠に共通する前記の特徴を凌駕するものとは到底いえない。したがって、本願の意匠は、引用の意匠と互いに類似するものという他はない。」(同4頁7行~5頁15行)と判断した。
また、意匠法4条2項の適用に関しては、「本願の意匠は、意匠法4条2項の規定の適用を受ける意匠出願に係るものであるが、意匠登録出願された意匠が、意匠法4条2項の規定において、意匠の新規性の喪失の例外とされて救済される場合は、出願された意匠と自己が公開した意匠とが同一性を有する場合であって、類似する意匠まで適用が及ぶものではない。本願の意匠と引用の意匠とは、形態上同一性を有するものでないことは前認定のとおりであるので、本願の意匠と引用の意匠との関係においては、新規性の喪失の例外規定の適用を受けることはできない。」(同5頁16行~6頁6行)と判断した。
第3原告主張の審決取消事由の要点
審決の理由中、本願意匠及び引用意匠の認定、両意匠の共通する基本的構成態様の認定、共通する具体的態様及び相違点の認定は認めるが、意匠法4条2項に関する判断部分は争う。
審決は、本願意匠と引用意匠が実質同一である点を看過し、意匠法4条2項の適用についての判断を誤ったものであるから、違法として取り消されるべきである。
1 本願意匠は、昭和61年2月13日、意匠法4条2項の新規性喪失の例外規定の適用を受けるべく、同一意匠に関し、その出願前6か月以内である昭和60年8月26日に出願人である原告が自ら製造販売した旨の証明書(甲第3号証)を提出し、登録出願したものである。
他方、引用意匠は、本願意匠に係る端子盤が発売された後に販売用にカタログに掲載したものであり、具体的形状については審決指摘のような微細な差異はあるが、本願意匠とは同一型式番号であり、実質的(意匠の創作として)に同一の意匠である。
また、原告は、本願意匠と引用意匠とが別異の意匠であるとの認識はなかったので、同一型式の先発売端子盤のみを新規性喪失の例外として登録出願したものである。
2 審決は、前記のとおり、本願意匠と引用意匠との共通点及び差異点を認定し、両意匠の類否を判断している。
しかし、審決の指摘する差異点については、以下に詳述するように、前記<1>端子部の極数の相違、<2>透明カバーの有無の相違は別意匠に当たらないし、<3>左右両端の側壁についての相違、<4>隔壁についての相違及び<5>端子金具の形状の相違についても、本願意匠と引用意匠との差異は設計上の微差で、ユーザーの要求に応じ適宜変更しうる程度の差異にすぎず、いうまでもなく型式番号、記号等は同一であり、業界ではこれを同一意匠として扱っているものである(甲第5号証・陳述書)。
(1) <1>の極数の相違について
元来ユーザーが端子盤を注文する際には、この形態の端子盤にあっては、「極数7とか8」という注文をするのである。すなわち、注文に際し、形態と極数は別の判断事項である。なぜなら、極数は端子盤の機能により決められるから、ユーザーが意匠上(形態上)如何に気に入っても、使用すべき電気機器に対し、極数が異なれば使用できないのである。したがって、極数の違いがあれば、形態上同一ということはできないが、形態上同一性を有するものとして取り扱われていることはいうまでもない。特に量産に際しては、同一型式(同一形態)で注文に応じ、極数の異なる端子盤を造るので、引用例には5極、8極の記載がある。7極については記載がないが、注文があれば当然造ることができる。
端子盤においては、通常2極から20極位まで実用化されている(甲第8号証)ので、極数の差は端子盤の形態上同一性あり(実質同一)として取り扱われる。
引用意匠の形態については、7極は特定のユーザーに販売することになったため、これを掲載せず、5極、8極のみの掲載としたものである。
(2) <2>の透明カバーの有無について
本願意匠は、透明カバーがないものについて登録出願しており、引用意匠には透明カバーが使用されている。
しかし、本願意匠の参考図には透明カバーを着用した状態(使用状態)が示されている(甲第2号証)。すなわち、本願意匠は、透明カバーを使用することを前提として登録出願しているので、形態の同一性を検討する際には、引用意匠の透明カバーを外して行うべきである。
カタログ作成時には、最も使用状態に近い状態で写真を撮るので、甲第4号証には透明カバーが付いた端子盤となっている。
一般に端子盤は、透明カバーがあってもなくても単独の物品として取り扱っているので、意匠登録出願においても、透明カバーのついた場合と、つかない場合との両方がある。
前記事情により、端子盤における透明カバーの有無は同一性の判断を左右するものではない。
(3) <3>の左右両端の側壁について
側壁の外側面の凹部の形状についての相違は、矩形であるか、限りなく矩形に近い台形であるかの相違であり、共に上辺は二重線になっており、意匠上(形態上)同一に限りなく近く、同一性のあることは疑いの余地がない。
被告は、幾何学的にほぼ同一でない形状は総て同一性なしと判断しているようであるが、上記同一性の問題は、本願の意匠と、量産形態となった引用意匠の、新規性喪失の例外規定適用の際における同一性を検討しているのであるから、当然のことながら創作された意匠の保護における自己の製品(自己の公開)による不利益をカバーしようとしたものである。したがって、厳格に運用する余りに本来の目的たる創作された意匠の保護を逸脱する解釈はなされるべきでなく、量産に際し通常改変されるような軽微な形状(又は形状、模様)の相違を捕えて同一性なしとすべきではない。
(4) <4>の隔壁について
審決は、この種の形態を成す端子盤にあっては、極めてありふれた態様のものであると認定しているが、そうとすれば、この点における新規な創作はないので、量産に際して適宜選択改変する形態であるということができ、したがって、両意匠は形態上同一性を有するものである。
(5) <5>の端子の形態について
端子の形状は、相手となる部品の嵌合孔の形状と一致するもので、機能的に定まる形状であり、意匠により選定されるものではない。したがって、量産に際しては、前記端子の嵌合孔の形状に対応して注文されるものであり、注文の都度又はユーザーにより異なるのが普通である。したがって、創作時の意匠を変更するものでなく、量産に際し適宜改変される形態である。
3 以上のように、本願意匠と引用意匠とは微細な差異点があるにすぎず、意匠の創作上は同一と認められる。
このような引用意匠(販売用カタログ)についてまで、既に販売した製品である本願意匠と同様に、意匠法4条2項の適用を受けるべく請求しなければ、これをもって意匠登録出願が拒絶されるというのでは、取引の実情に合わないし、意匠の保護における特例として、創作者が自らなした行為により新規性を喪失するのを救済することを目的とした意匠法4条2項の立法趣旨(甲第6号証・逐条解説参照)にも合わないことは明らかである。
例えば、試作品を製造販売し、公開した後、市場の要求に応じて、複数度の変更を加えることは普通に行われることであり、本件のような端子盤においては、極数の変更とか、カバーの有無などの変更は常時行われ、また、端子の変更もよくあることである。
その場合、実質同一であるが試作販売する間に一部変更されたものについて、最先の試売品をそのままとし、第2回目の試売品を意匠法4条2項の新規性喪失の例外の適用を受けるべく出願しても、当該出願は最初の試売品により拒絶されることになるし、最先の試売品について同項の適用を受けようとしても、第2回目の試売品により拒絶されることになり、結局、全部出願しなければ全部登録が拒絶されてしまうというのでは、取引の実情に合わないし、上記意匠法4条2項の立法趣旨にも合わないことは明らかである。
前記のように、意匠の創作性において同一性が認められる場合には、最先の公知例のみ出願すれば、その意匠が保護されるようにすることが立法の趣旨に沿い、かつ当業者間の実情に合致するものである。
よって、審決は、意匠法4条2項の適用についての判断を誤ったものである。
第4被告の反論の要点
1 本願意匠が、昭和61年2月13日、意匠法4条2項の適用を受けるべく、同一意匠に関し、その出願前6か月以内である昭和60年8月26日に出願人(原告)が自ら製造販売した旨の証明書(甲第3号証)を提出し、登録出願されたものであることは、認める。
意匠法4条2項の規定により、意匠の新規性の例外として救済される場合については、審決が述べるとおり、出願された意匠と自己の公開した意匠との関係にあっては、そこに具現化されている意匠が形態上互いに同一性の範囲内である場合においてのみ認められるということであり、類似する意匠まで適用が及ぶものではない(審決書5頁20行~6頁2行)。したがって、原告の「本願意匠とは実質的(意匠の創作として)に同一である・・・」との主張、特に括弧書きの「意匠の創作として」を含めての主張は、同法同条同項の規定の解釈について、極めて曖昧な表現による独創的な主張をしているにすぎず、この主張は、意匠の同一性と創作の同一性とを混同しているものといわざるをえない。
2 本願意匠と引用意匠との具体的差異点については、以下に述べるように、形態上同一性を有するものではないから、意匠法4条2項の規定の適用を受けることができないとした審決の認定判断に誤りはない。
(1) <1>の極数の相違について
この種の形態をなす端子盤にあっては、ユーザーはその使用目的に応じて極数を選択し購入するという重要な判断を要するところである。すなわち、7極の端子盤と8極の端子盤とでは、その構成要素である極数を変更したものであって、両意匠の形態が相違することは誰の目にも明らかである。さらに、これを希望の極数を注文して購入するというユーザー、及びその注文に応じて製造するという製造業者、すなわち看者が両意匠について、形態上同一性を有する意匠として認識することはありえない。
(2) <2>の透明カバーの有無の相違点について
この種の形態をなす端子盤にあっては、その上面は看者の注意を最も惹くところであり、その看者の注意を最も惹くところにおける透明カバーの有無は、当該意匠の形態上の相違点として明らかであり、また、後者について、端子盤の上面に透明カバーをどのように嵌着するか、また、該部の形状によっては、嵌着される透明カバーの形状にも影響を及ぼすところであるから、当然の注意を払って設計される部位でもあり、原告の主張のごとく単純に「いわゆる設計上の微差である」とはいえない。
(3) <3>の側壁の外則面の凹部の形状についての相違について
本願意匠の縦長台形状と引用意匠の縦長の矩形状とでは、一般的に見ても形態上別異のものとして認識表現されるものであり、この点についての両意匠は明らかに形態上同一性を有する意匠とはいえない。
(4) <4>の区劃板(審決書では「隔壁」と表現)について
区劃板の上面及び前後面を、本願の意匠は、弧状に形成しているのに対し、引用意匠は、平坦に形成しているという点において形態上相違することが明確である。そして、この種の態様をなす端子盤にあっては、両態様のものとも従来より数多く存在しているということは、この点についても、それぞれの意匠における形態上の違いを意識的に表現し、かつ、製造販売しているものといえるから、両意匠は形態上同一性を有する意匠とはいえない。
(5) <5>の端子(審決書では「端子金具」と表現)の形態について
原告主張のように、「ユーザーの希望に応じ適宜変更できる」ということは、ユーザーは該部について自分の使用目的に応じた希望どおりの形態のものを確認して購入するということであり、両意匠間にあっては、端子の形態においても、「本願の意匠は、短冊状であるのに対して、引用の意匠は、先端が弧状に表れている」(甲第1号証・審決書4頁3~5行)から、この点においても形態上同一性を有する意匠とはいえない。
したがって、本願意匠は引用意匠に類似するとした審決の認定判断に誤りはない。
なお、引用意匠と本願意匠が同一型式番号であるか否かは被告の知るところではなく、たとえ引用意匠と本願意匠とが同一型式番号であったとしても、両意匠間においては、前記のごとく形態上同一性を有する意匠とは認められないので、これが審決の認定判断に何ら影響を及ぼすものではない。
第5証拠関係<省略>
第6当裁判所の判断
1 取消事由について
(1) 本願意匠が、昭和61年2月13日、意匠法4条2項の適用を受けるべく、同一意匠に関し、その出願前6か月以内である昭和60年8月26日に出願人(原告)が自ら製造販売した旨の証明書(甲第3号証)を提出し、登録出願されたものであることは、当事者間に争いがない。
(2) 意匠法4条1項は、「意匠登録を受ける権利を有する者の意に反して」、同条2項は、「意匠登録を受ける権利を有する者の行為に起因して」、それぞれ同法3条1項1号又は2号(「意匠登録出願前に日本国内又は外国において公然知られた意匠」又は「意匠登録出願前に日本国内又は外国において頒布された刊行物に記載された意匠」)に該当するに至った意匠について、その該当するに至った日から6月以内にその者が意匠登録出願をしたときは、その意匠は、同項1号又は2号に該当するに至らなかったものとみなすこととし、意匠の新規性喪失の例外を定めている。
ところで、出願意匠についての新規性は、出願の時を基準とし、国内外の公開的に存在する意匠を対象資料として判断され、その判断資料が出願前に公開された場合には、それが他人のものか、出願人自身のものであるかを問わず、新規性を喪失したものとして登録を受けることはできないとするのが原則である。
しかし、例えば、デザインを含めて製品の開発がされ、その試作品の実施効果が相当程度予測可能であるとしても、現実に市場に投入してはじめて、その効果の判定ができる場合が少なくなく、その後、量産化に際して試作品に通常加えられる程度の範囲で改変されたものを含めて、実施効果を測定した後に、必要に応じて意匠登録出願をすることも、意匠登録出願に関する実務として広く行われていることは、当裁判所に顕著な事実である。
上記新規性を登録要件とする原則のもとにおいては、一度展示や販売などを行えば、それは新規性を喪失したものとなり登録を受けることができないが、この原則を貫くと、出願に係る意匠につき、出願したものと公開したものとが同一であっても、公開された意匠が存在することを理由として登録を受けえない等、出願人にとって一面酷に過ぎるような場合が生じ、上記の取引社会の実情にそぐわない面も生ずることがある。そこで、意匠法4条2項は、同条1項と並べて、上記のような一定の条件のもとに新規性喪失の例外を認めているものと解される。
この新規性喪失の例外を設けた立法趣旨に照らせば、意匠の「同一」と「類似」とが別個の概念であることを前提としても、同条における、「意匠登録出願前に公然知られた意匠」又は「意匠登録出願前に頒布された刊行物に記載された意匠」との同一性の要件のうち、審決のいう形態上の「同一」とは、法律上の概念として、単に物理的に形態が完全に一致するものだけではなく、形態において微差があっても、同条の立法趣旨に適した限度において、社会通念上、意匠の表現として同一の範囲と理解されるものをいうと解するのが相当である。このように解することが、意匠法が、その目的とする「意匠の保護及び利用を図ることにより、意匠の創作を奨励し、もって産業の発達に寄与すること」に資するものとして、同法4条において、新規性喪失の例外を定めていることに適合するというべきである。
(3) そこで、本願意匠について、引用意匠との同一性を検討する。
審決が認定するとおり、本願意匠と引用意匠とを比較すると、両意匠は、断面形状を略台形状とする横長の基台の上面の両端に側壁を設け、その両側壁の内方に多数の隔壁を等間隔に設け、各隔壁間の上面に丸頭プラスネジを螺合して端子部にしたという基本的な構成態様が共通であるうえ、各部の具体的な態様においても、左右両端の側壁について、内方に設けた隔壁に比して僅かに高く形成し、その外側面の中央に大きな縦長方形状の浅い凹部を表し、基台の裏面からは前方に向けL字状に折曲した細い帯状の端子金具を突出したという点において共通していること、両意匠には、審決認定の<1>~<5>の差異点があるが、これらの差異点は両意匠の類否判断を左右する程の特徴をなすものではなく、これらの差異点を総合しても、全体の基本的構成態様及び上記各部の具体的態様がもたらす両意匠に共通する特徴を凌駕するものとは到底いえないことは、当事者間に争いがない。
ところで、審決は、以上の認定の上に立って、本願意匠と引用意匠は、形態上同一ではなく、類似するものと判断した。
しかし、<1>の極数の相違については、いずれも極めてありふれた態様のものであるうえ、本願の端子盤において意匠としての意義があるのは、1極ごとの端子部の形態であると認められること、端子盤においては、通常2極から20極位までのものが実用化されており(甲第8号証)、極数は端子盤の機能及び使用すべき電気機器の種類により決められると認められること、さらに、本願意匠と引用意匠が同一型式の端子盤であること(甲第5号証)をも併せ考慮すると、極数が7極(本願意匠)か8極か(引用意匠)の差は、端子盤の形態上、実質的に同一の範囲に属するものというのが相当である。
<2>の透明カバーの有無の相違は、本願意匠の参考図には透明カバーを着用した状態が示され(甲第2号証中の使用状態を示す参考図)、本願意匠は、透明カバーを使用することを前提として登録出願しているものと認められ、一方、引用意匠の透明カバーは、文字どおり透明なカバーであって、何ら意匠的特徴のあるものではないから、この存否をもって、両意匠の同一性を否定する理由とすることはできないというべきである。
また、<3>の左右両端の側壁及び<4>の隔壁についても、極めてありふれた態様のものであって、これを形態全体として見た場合、さほど目立たない微差であり、<5>の端子金具の形状についても、ユーザーの要求に応じ適宜変更しうる程度の形態上特段に特徴のない差異にすぎないものというべく、いずれも、前記基本的構成態様及び各部の具体的態様の共通性に比し、両意匠の形態上の同一性を覆すに足りる差異ということはできない。
(4) そして、意匠を公開した後、同条2項の規定により、その意匠を新規性喪失の例外として登録出願するまでの間に、この意匠と同一の範囲と解される意匠を自ら反復して公開した場合、例えば、本件におけるように、端子盤を製造販売することにより意匠を公開した後、その登録出願までの間に、その製品についてのカタログ等にそれと同一の範囲の意匠を掲載して頒布した場合であっても、最初に公開した意匠について、同条3項に規定する書面(同条2項の規定の適用を受ける旨の書面及び証明書)を提出すれば足りるものと解するのが相当である。
(5) 以上によれば、本願意匠と引用意匠は、意匠法4条の規定の趣旨からみて、実質的に同一というべきであり、同条2項の新規性喪失の例外規定の適用が受けられると解するのが相当である。
したがって、本願意匠について、意匠法4条2項の新規性の喪失の例外を認めなかった審決の認定判断は誤りといわなければならない。
2 よって、原告の請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 牧野利秋 押切瞳 芝田俊文)
別紙第一 本願の意匠
別紙第二 引用の意匠